湯澤 洋平先生
稲波脊椎・関節病院 副院長
平成13年 相澤病院整形外科脊椎外科、平成20年 東京西徳州会病院脊椎センター
平成26年 岩井整形外科内科病院 副院長
日本整形外科学会専門医、日本整形外科学会認定脊椎脊髄病医
日本脊椎脊髄病学会指導医、日本整形外科学会認定脊椎内視鏡下手術・技術認定医
The International Society for the Study of the Lumbar Spine (ISSLS) active member
医学博士
私のところに来る患者さんは、いろいろな治療の末になかなかよくならないので手術も視野に入れて考えたいという方がほとんどですが、まずはレントゲンやMRI、CTを撮ったりします。必要によっては、どの神経が痛みの原因になっているか、障害を受けていると思われる神経を軽くブロックすることもあります。
手術が必要かどうかは、患者さんの症状の重症度によりますし、患者さんの置かれている背景によっても異なります。まず、頚椎の場合ですが、ヘルニアが出る場所によって神経の圧迫されるところが違ってきます。神経根が圧迫を受けていると片手がしびれて困るものの、よほど悪くなったとしても回復してくる可能性も十分にあるので、神経根症の場合は手術治療ではなく、少なくとも6週間程度は様子を見ます。それに対して、脊髄が圧迫を受けて脊髄の機能が悪くなっている症状――例えば、両手がしびれたり、両手の動きが悪い、両あしがしびれたり、うまく歩けなかったり、動きが悪い――があらわれていたら、なるべく早く手術をしたほうがいいと考えています。ただ、神経根症は痛みが強いので、患者さん自身の困窮度はこちらのほうが高いと思われるのに対して、脊髄が障害された場合は、両手の動きが何となく悪いとか、足の運びが何となくぎこちないという症状なので、本人はさほど重症には思わないという本来の重症度と患者さんの苦痛度が逆転していることがあります。
腰椎疾患では、脊柱管に入っている馬尾という神経の束が圧迫を受けた場合は、歩いていると両あしがしびれてきます。左右両方というところが神経根の障害の症状と異なるところです。例えば300メートルくらい歩くと、両あしがしびれてきて、腰を曲げたりしゃがんだりして休みたくなります。少し休むとまた歩ける。これは馬尾性間欠性跛行といわれる典型的な症状ですが、こういう場合は手術治療も考慮したほうがよいでしょう。一方、そこから出る枝の神経1本(神経根)の症状の場合は、頸椎の場合と同じで、患者さんは痛がりますが、自然に回復する可能性も十分にあり、かなり症状が進んでから手術してもそれ程手遅れにはならないので、余程痛いのであれば手術をしましょうと提案します。
自覚症状があっても日常生活を送るには大きな問題がなく、症状も良くなったり悪くなったりを繰り返しているが、何とか大丈夫ということであれば、手術をせずに長期間付き合っていくのも一つの手です。しかし、日常生活に支障があるということであれば、手術を受けることをお勧めします。
「除圧術」と「固定術」に大きく分けられ、それに「矯正」が加わることもあります。
除圧とは、神経に対する圧迫を取り除く手術です。ヘルニアがあればヘルニアを取り除く、狭窄症があれば狭いところを取り除いて神経に対する圧迫を取り除きます。固定は、ぐらぐらしている背骨にスクリュー(ボルト)を入れて安定させて骨癒合させる手術で、多くは矯正と一緒に行われます。例えば、腰椎すべり症では背骨がずれているので、それを矯正して固定する(骨癒合させる)、側弯症で背骨が曲がっている場合は、曲がっているのを矯正して固定(骨癒合)します。
当院では除圧術が約7割、固定術が約3割です。一度手術をしても、また手術が必要にあると心配される患者さんが多いですが、3~5%の方に、追加の固定術、あるいは追加の除圧術が必要になります。再手術の理由はさまざまですが、椎間板ヘルニアの再発、新たに狭窄症になったなどです。再手術までの期間もさまざまで、術後数ヶ月の場合もあれば術後10年以上の場合もあります。
日本整形外科学会で制定しているスコア(JOAスコア)を使って計算すると、椎間板ヘルニアの人の場合、改善率は80%ぐらい。脊柱管狭窄症の人の場合は70%ぐらい。矯正を伴うすべり症や側弯症の場合は65%ぐらいです。患者さんの元の状態があまりよくなければ、それだけ手術も大がかりなものになるので、改善率もあまりよくないのは当然のことであると思います。ただ、この改善率に関しては、術前に軽症でも症状がゼロになれば計算上改善率は100%ですし、極めて重症な方が驚くほど改善されても、症状が残っていると改善率は悪くなるという数字上のパラドックスがあります。
脊椎疾患は痛みという症状の場合が多いですが、痛みは解剖学的な身体の不具合だけではなく、精神的な影響にも左右されます。例えば、腰痛に悩む人は非常に多いのですが、腰痛は心理的、社会的因子による、つまり、腰痛は体の器質的疾患のみによるのではなく、心理的な、精神的な障害だという考え方もあります。このように、人間の身体は大変に複雑にできているため、人間の身体に対して手術をして必ずよくなるか?といわれると、答えは否定せざるを得ません。しかし、MRIなどの検査など、診断方法も以前と比べかなり確実になり、手術の技術も発達してきたため、手術治療の効果もかなり確実に得られるようになってきています。
残念ながら、脊椎疾患は手術しないほうがいいと患者さんに説明している整形外科の医師もいるので、患者さんが不安になるのも無理はありません。しかし、的確に診断をして、きちんとした手術をすれば、症状がよくなる可能性があるわけですから、たまたま受診した病院で、手術はできないと言われたとしても諦めないでください。もし「手術はできない」と言われた場合は、脊椎専門の医師がいる病院をおとずれて、他の医師の意見も聞いてみることをお勧めします。
ただ、手術を受けたとしても、皆が皆、100%症状が緩和されるわけではありません。また、検査した結果、よくなる見込みのある患者さんでないと手術はできません。いろいろな条件はありますが、他の施設で「手術したらかえって悪くなるからやめたほうがいい」と言われて諦めきれず当院を受診し、手術で症状が改善した患者さんがかなりいるのも事実です。